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「ヨガを始めてから、もっといい人になったね」ここ何年もの間、私は周りからそう言われています。15年前にヨガを本格的に始めた当初は特にそうでした。 最近よくこのことを考え、それはなぜかと思いを巡らせています。
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ティーンネージャーの頃
(18歳)NYにて |
私は苦労の多い十代を過ごし、家族とも折り合いがよくありませんでした。よくいじめにあい、上手く自分の身を守ることもできませんでした。両親は不仲で喧嘩ばかり。私はそんな状況を持て余していました。両親が離婚して、それぞれ自分の問題で手一杯になると、私は車を盗んだり、万引きをしたり、ドラッグに手を出すようになりました。15歳で家出。十代、二十代の大半は何とか生き残ろうとした必死だった時代です。そのために「他人は必要ない」私は自分にそう言い聞かせていました。もっと幼かった頃、私が誰かを必要としていたとき、そばにいてくれるはずの人たちはいなかった、そう思っていたからです。私は人をあてにしないことを覚えました。誰にも頼るまいと思ったのです。自分自身を証明するために、強くならなければなりませんでした。
ヨガを始めるまで、当時のことはあまり考えたことがありませんでした。私がヨガに初めて出会ったのは、北カリフォルニア。1990年に当初8ヶ月の滞在予定で日本を訪れ、その4年後にアメリカに帰国したときでした。かつての私は典型的なA型人間。いくつもの仕事をかけもち、電車での移動中に急いで食事を済ませ、常に全力疾走でした。カリフォルニアに戻った私はカルチャーショックを受け、地元のダンス・センターで開かれていたヨガクラスに参加することにしたのです。ヨガは私の性格には「のんびりしすぎ」。常にそう思っていたのですが、狂ったように忙しい生活を送っていた私には、格好の解毒剤でした。
そこで私は、外側のポーズに注力するより、自分の内面に意識を向けることを教わりました。素晴しい先生方の導きで、自分の周りに築いてきた壁を壊し始めたのです。初めてヨガと出会い、数回クラスを受けてみると、私は自分の体という国に住む移民だと気づきました。そして定期的にヨガをプラクティスするようになり、自分の体の中に街全体を見つけました。ヨガはまるで一度も足を踏み入れたことのない世界だった自分の体に、私を引き戻してくれたのです。旅行好きの私はマットの上に乗る度にこう思っていました。「さぁ、次の旅に出発!」
ヨガをすることで、私は忙しさを盾に自分自身から逃げていたのだと分かりました。自分の身を仕事に投じることで自分に背を向けていたのです。私はとことん自分と向き合い、自分の嫌いな部分にも目を向けなくてはなりませんでした。身体的にも肉体的にも敢えて自分を追い込み、自分の中にどれだけの恐れ、怒り、悲しみ、失望、そして孤独を抱えているかを実感しました。人は誰でもそのような感情を抱き、私たちは皆つながっていると私に直に教えてくれたもの、それがヨガです。ヨガは自分を変えること、そして、自分と他人を許すことを教えてくれました。実際、私はプラクティスを通して自然に変わっていったので、ヨガは私にそれを教える必要さえありませんでした。これが、内側からのアプローチ(自己変革)と外側からのアプローチ(アサナ、プラナヤマ、瞑想)を共に働かせる利点、「カルマの玉ねぎ」の作用です。(詳しくは「Favorite Items」をお読みください。)
私は自分の中に抱えていた感情を追い払うのではなく、それを認め、あるがままにしておきました。すると、そうした感情は力を失っていき、驚くほどの喜び、平和、至福、そしてつながりを感じることができました。まさにヨガ=「結合」という状態になれたのです。そして、自分自身と自分の体をより大切にできるようになりました。一言で言えば、「もっといい人」になったのです。
それから数年間、私はヨガを懸命に学び指導者の資格を取得。海岸沿いにあった自宅でヨガスタジオを始めました。ヨガを教えること、そしてヨガを学ぶこと、それは私が愛してやまないものでした。2003年、9年のアメリカ生活の後、夫が日本への帰国を決断したとき私は言いました。私が東京で正気でいられる唯一の方法はヨガをすることだと。「だったらヨガをすればいいよ」彼の答えは単純明快でした。
「でも仕事は?」私は尋ねました。「どうやって生き延びていけばいいの?」
(私は常に生き残ることを考えていました。昔からの習慣を変えるのは至難の業です。)
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| ハワイでのリトリート(2000年) |
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そして、2001年にヨガリトリートでハワイのハイクを訪れたことを思い出しました。そこで私が瞑想をしていると、力強い声がして私にこう言ったのです。「あなたは東京に引っ越してヨガスタジオを開くべきです」当時は全く日本に戻る予定がなかったので、そのことは気にも留めませんでした。あの声の主はハワイの女神ペレだったのでしょうか?それとも、私の内なる声がそう訴えていたのでしょうか?
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